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2017/03/29

始まりました!! 2017年木曽三川公園チューリップ祭り

まだ、風は冷たいものの、日差しは日毎に暖かさを増していて、東海地方でも、昨日、愛知県と岐阜県にさくらの開花宣言が出ました。三重県は、残念ながら、置いてきぼり。(‥;)

でも、テレビで「国営木曽三川公園
のチューリップ祭りが始まりました。」と伝えていたので、明るい日差しに誘われて、出かけてみました。

まだ、2分咲きと言ったところですが、やっぱり、チューリップを見ると春が来たとウキウキとした気分になりますね。なぜか、背が低いのが気になります。(^0^;)

でも、なんと、さくらが咲いていました!!

さくらとチューリップ、よく似合いますよね。ソメイヨシノではなくて、コヒガンサクラです。

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和名 コヒガンザクラ (子彼岸桜) 花期が早く彼岸頃に咲き始めるためにこの名前がついたといわれている。別名に彼岸桜、千本彼岸。なお、エドヒガンの別名もヒガンザクラであり、更にカンヒザクラをヒカンザクラと呼ぶこともあるため注意が必要である。

特徴
コヒガンはエドヒガンとマメザクラの交雑種と考えられている。

花期が早く、春の彼岸ごろには花が咲き始める。花は五枚一重で薄い紅色の花を咲かす。ただし、色はソメイヨシノよりも濃い。春の早くに咲くため、葉よりも先に花をつける。萼は細長いが、根元が少し膨れている。また、毛が多い。これらの特徴は母種の特徴を継いでいると考えられる。なお、萼はエドヒガンよりも細長い。

樹木としてはあまり大きく育たず、5m程度である。枝を沢山張り巡らせる性質がある。葉にも多く毛が生える。また、花が終わると小さい黒い実をつける。秋になると葉は紅葉する。

高遠城址には樹齢130年を超える立派なコヒガンザクラが見られる。樹木として大きく育たないために庭に植えられることも多い。

コヒガンの亜種に十月桜が知られている。この種は冬の穏やかな気候の間中咲くことから広く育てられている。

さくらは、驚くほど種類がありますね。

早咲きのしだれ桜にヒカンザクラと言うのがありますが、これはもう少し赤が濃い。このコヒガンサクラは比べると、ソメイヨシノよりはピンクが濃いですが、ヒカンザクラよりは薄くて、花も小さくて可愛いです。

多度大社に10月サクラが咲いていて、こちらで時々紹介しますが、この仲間のようです。確かに、かわいらしい花がよく似ています。

 

2017/03/14

「豊公園」  長浜

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ランチの後は、近くの「豊公園」へ。

朝は、晴れていたのに、お昼にはすっかり雲が広がって、琵琶湖対岸の「比良の暮雪」が見えずに残念でした。
梅は、見ごろを迎えていて、カメラを構えている人もちらほら。桜の季節になると、もっと、賑わうのですけどね。

梅とお城を撮ろうとしましたが、まだ、つぼみの膨らんでい無い桜の枝が邪魔をして、上手く入らない。

あたりは、梅のいい香りでいっぱいでした。

2017/03/10

「勝鳥神社」 静かな集落の中で

昨日の記事の続き。

ドライブの一番の目的地は、この勝鳥神社。Katutori


拙ブログに、コメントを寄せていただく方の情報で、今年の干支、鳥にちなむ名前の神社が滋賀県にあると知り、行ってきました。

滋賀県は、雪が多いところで、今年も彦根や長浜は大雪でしたので、なかなか、出かけられなかったのですが、今週の初めの予報では、木曜日ごろから暖かくなるという話だったので、うきうきして出かけたのはいいのですが。。。見事裏切られた。( 一一)

今日も寒いですね。秋は、段々寒さに向かう季節で、途中、小春日和が続くとホッとしますが、春は逆で、暖かくなるのを待ち焦がれているのに、こうして、寒の戻りがあると、余計に、寒さを感じてしまいます。


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綺麗な日の丸がたなびいています。きっと、ここだろうとこれを目当てに歩きました。事前に、googleのストリートビューで探したのですが、よくわからなかった。小さい神社なので、鳥居も目立たない。


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ありました!!国旗は、国旗を作っていらっしゃるおうちが掲げていらっしゃったので、違ってました。(^^;)


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正面からみたところ。鳥居も小さいです。

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お社。本当にこじんまりしています。


滋賀県神社庁の勝鳥神社の紹介ページhttp://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=904

私たちが訪れた時は、他に参拝客は見えませんでしたが、お正月はすごい人のようでした。12年に一度、大賑わいなのかな。

でも、祀られている神様が、「福の神」と「商売繁昌の神様」なので、新年の松の内はお参りは多いでしょうね。

勝鳥神社の由来

所在地 彦根市三津町小字勝鳥

祭 神  天稚彦命(あめわかひこのみこと)
      
      相殿(あいどの) 事代主命(ことしろぬしのみこと)・大山昨命(おおやまぐいのみこと)

由緒

勝鳥神社は天稚彦命を主神とし、事代主命・大山昨命をおまつりしています。 

 天稚彦命が出雲国から東方へ征伐に出陣されたとき、事代主命らとともに、三津に立ち寄られました。美濃国での戦で亡くなられた天稚彦命のなきがらを、下照姫命の兄が三津に葬り、勝鳥石を立てたと語り伝えられています。

 その後、天稚彦命を崇敬する近郷の領主や人々が多数祈願し、明治11年に神籠神社を勝鳥神社と改めて今日に至っています。

 主祭神天稚彦命は古より武勇の神として尊崇されている神であり、また、事代主命は大国主命の御子で、一般的に恵比須さんと呼び親しまれている福の神、商売繁昌の神であります。

 今年はトリ年であり、また「勝」と言う元気、勝負に勝つという縁起がかっがれ、前向きな気が頂ける神様として、一気に注目され、観光バスでの参拝が絶えず、今、人気のスポットになっています。

社務所は閉まっていましたが、ちょうど、氏子の方がいらっしゃって、「よくお参りくださいました。」とおっしゃってこのパンフレットを下さいましたので、書き写しました。

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彦根市の郊外、田園が広がるのどかなところにあります。Img_8023


駐車場がないので、近くのショッピングセンターで買い物をして、車を置かせていただき、あぜ道を歩いてきました。(^^;)

買ったのはこれ。座布団カバーです。安いのにちょっとおしゃれで気に入りました。

2017/03/09

トンネルを抜けたら、雪国だった。(^^;)

今日は、久しぶりに滋賀県方面にドライブ。

桑名方面から見る鈴鹿山脈は、頂上付近少し雪景色が見えますが、もう三月、道路に雪が残っているとは思えないので、八風街道の峠越えの道を滋賀県方面に走りました。今日は夫の運転です。(^^♪

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このトンネルの画像は、googleの画像で、今の季節ではありませんが、三重県側は、こレと同じで雪はありません。

気温は、5℃くらいで、ちょっと寒い。石榑トンネルは、全長4158m。前にも書きましたが、高速道路と違って、一般道の4キロのトンネルは怖いです。早く抜けないかなぁと思っていて、やっと、明るい世界に出たら、なんと、明るすぎ!!


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我が家から、一時間も走らないうちにこんな世界が広がっていたのに、驚きました。
さて、目的地は、明日にします。

話題は変わりますが、今日の夕方、近所で火災がありました。

消防車が、鐘を鳴らして我が家の前を走って行く!!
すぐ、電話で聞いたら、同じ団地。

このあと、買い物に出かけるとき、前を通ったのですが、ボヤのようでした。野次馬根性丸出しですね。(^^;)

最近火事が多いですね。今回の火事は、大きな火災にはならなかったので、不幸中の幸いでしたが、気を付けなければと自戒したものでした。


2017/02/05

木曽川の白鳥 2017

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http://narumi.cocolog-nifty.com/yasumi/2015/02/post-1.html

http://narumi.cocolog-nifty.com/yasumi/2015/02/post-3abb.html

http://narumi.cocolog-nifty.com/yasumi/2016/02/28-6812.html


今年も、木曽川の白鳥さんを見に行ってきました。

2015年から、出かけていたのです。
こうして比べてみると、少しずつ違います。
2015年は、若い白鳥も大人の白鳥もたくさんいました。昨年は、少し数が少ないようです。

今年は、黒いお顔の白鳥が多い気がしました。若い子たちが多かった。

金曜日に行ったので、少し風が強くて、首を身体の中に入れて、寒そう。

途中、毎日来ている70代くらいのおじいさんが、
「今日はだめ、写真にならない。みんな寝とる!!」

なかなか、人間の思うようにポーズをとってはくれません。(笑)

2017/01/13

平成29年 初詣

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今日は、寒かったですね。気温はそれほど低くなかったのですが、風が冷たくて震えました。

多度神社に初詣に行ってきました。平日ですので、参拝客は少なかったですが、会社の方々がバスでお参りに来ていらっしゃいました。

今日の夕方のニュースで、去年の倒産件数が、今の集計方法になった平成12年に次ぐ2番目に低い水準となった報道していました。

去年の倒産8100件余 2番目に低い水準http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170113/k10010838621000.html?utm_int=news_contents_news-genre-business_003

企業の業績が堅調であれば、新卒の若い人達の就職が明るいでしょう。何よりですよね。団体で来ていらっしゃった人達も明るく賑やかでした。今年もいい年になるといいですね。

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多度大社の大切な白馬。

多度大社には、1500年前から棲むと言われています。
多度大社白馬伝説http://www.tadotaisya.or.jp/


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本宮横を流れる滝。今日も清らかでした。


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2016/12/02

湖東三山「百済寺」 紅葉アラカルト(一眼レフ)

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昨日までの「百済寺」の画像は、コンデジで撮ったもの。今日のは、一眼レフの300ミリ望遠で写したものです。

2016/12/01

湖東三山「百済寺」 仁王門までの参道と鐘楼

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仁王門までの参道です。

長い参道の本堂近くに立つ仁王門は、本堂と同じ年代に建立されました。 三間二間で一対の金剛力士像が向きあっております。 その正面につり下げられた一対の大草鞋に触れると、身体健康・無病長寿のご利益があると昔から言い伝えられております。 最近では、「百寺巡礼」で有名な五木寛之氏が第35番目の百済寺参拝時に、この大草鞋に触れて、百済寺満願を達成されてから大変な脚光を浴び始めております。

このわらじは、門の両脇に立ってお寺を守る、仁王さんのわらじ。
勇猛、剛健、健脚の仁王さんですが、夜は仁王門の脇にわらじを置いて、立ちながら休まれるそうです。

元々は仁王像の大きさに応じて50cmほどだったそうです。

江戸時代中期頃から、仁王門を通る参拝客が、健脚・長寿の「願」を掛けるようになり、「わらじが大きいほどご利益も大きい」ということでどんどん大きくなって、今では3mほどになっているのだそうです。

わらじには、今でもお賽銭が挿っています。
寺社巡りドットコムhttp://www.jisyameguri.com/
三のサイト、自然豊かな湖東の古刹、百済寺からの引用です。


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朝遅くに出かけてきたので、あまりゆっくりできなくて、仁王門の仁王様も見ないまま帰ってきました。(^^;)

この後、本堂にお参りしたら、汗がびっしょり。結構歩くのです。でも、本堂の係りの方は、「ここは、室温三度なんですよ。」とおっしゃってました。今頃は、もっと冷えているかも。

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鐘楼があり、自由に突いていいと言うことなので、私も、一回、ご~~~ん。

その音色の美しさから、「昭和の名鐘」とも言われています。
とても澄んだ音色でありました。

自由に突いていいなんて、嬉しいですね。


2016/11/30

湖東三山「百済寺」 山城でもあった

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琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西山腹に位置する。

寺伝によれば、推古天皇14年(606年)、聖徳太子の建立という。

聖徳太子は当時来朝していた高麗(高句麗)の僧・恵慈とともにこの地に至った時、山中に不思議な光を見た。その光の元を訪ねて行くと、それは霊木の杉であった。太子はその杉を、根が付いた立ち木のまま刻んで十一面観音の像を作り、像を囲むように堂を建てた。

これが百済寺の始まりであるといい、百済の龍雲寺にならって寺を建てたので百済寺と号したという。百済寺の史料上の初見は11世紀の寛治3年(1089年)であり、聖徳太子創建との伝承がどこまで史実を反映したものかは不明であるが、百済寺という寺号から見て、この寺は渡来系氏族の氏寺として開創された可能性が高い。

平安時代には、近江国の多くの寺院と同様、比叡山延暦寺の勢力下に入り、天台宗の寺院となっている。

平安時代から中世にかけて、かなりの規模をもった寺院だったようだが、明応7年(1498年)の火災で全焼し、その数年後の文亀3年(1503年)の兵火でも焼け、この2回の火災で創建以来の建物ばかりでなく、仏像、寺宝、記録類なども大方焼けてしまった。

さらに天正元年(1573年)には織田信長の焼き討ちに遭い、またも全焼している。当時、この地に勢力をもっていた佐々木氏の一族六角氏は、観音寺城の支城である鯰江城(なまずえじょう)を百済寺の近くに築いていた。信長は自分と敵対していた佐々木氏に味方するものとして、百済寺を焼き討ちした。本堂をはじめ現在の建物は近世以降の再興である。

wikipediaより

                                                  


「近江最古級の古刹、1400年の法灯」百済寺のパンフレットに書いてあります。聖徳太子の建立ということで、相当な歴史のある名刹と言えます。

残念ながら、創建当時の建物や仏像など、多くが焼失してしまっていますが、この画像のあたりには、その当時の跡が残っています。

また、石造の弥勒菩薩半跏像が残っていました。これは、外に立っているので、傷みも来ていますが、広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩半跏像と同じようなものでした。写真は、仏様を撮るのは失礼かと思って、撮ってません。


5枚目の画像に最後の山城とあります。ところどころに石垣が残っています。滋賀県は、東西の中間点であり、京の都に上る重要な要の地に位置していたので、お寺であるけれど、お城としての役割を持たすにもいい場所であったわけですね。


2016/11/29

湖東三山「百済寺」  天下遠望の名園

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釈迦山「百済寺」の庭園。庭園本坊 (ていえんほんぼう)が建つ池を回ると、本堂に登る参道へと道が連なります。

途中、琵琶湖まで見渡せる場所があります。


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より以前の記事一覧