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2016/05/07

吉野熊野国立公園「花の窟神社」

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花の窟神社http://hananoiwaya.com/hananoiwaya/iwaya_index.html

日本人なら、子供のころに、一度は、古事記を読まれたことがあると思います。私の小学生のころの愛読書の一つでした。(笑)

それに出てくるイザナギノミコトとイザナミノミコトがここに祀られています。

50年前、この岩のちょうど裏側に当たる町に、一年だけ住んでいました。よくここの神社にも遊びに来ました。そのころは、白い石が敷き詰められて、しめ縄だけがあったような。。。もう、記憶は薄れてますが。

いま、訪れて、ずいぶん変わったのに驚きました。石灯籠や灯りが設えられて、少々興ざめ。こんなものそぐわない。

2016/05/06

吉野熊野国立公園「熊野速玉神社」

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南紀旅行の二日目は、あいにくの雨。
傘が必要なくらい、結構な雨です。南紀は、びっくりするくらい雨粒が大きいのです。(笑)

朝早くて、人影はなく、厳かな気配に包まれて、悠久の時を感じることができました。

熊野本宮大社は、熊野川を遡り、ちょっと、距離がありますが、ここ熊野速玉大社は、新宮市の中心、R42号から少し入るだけのところにあるので、観光に便利です。

旅の時、雨になると、ちょっと、がっかりしますが、写真を撮るのには、雨の日が趣が出ていいですね。(^^♪

参拝を終えたころ、西洋人の団体と出会いました。挨拶を交わしました、日本語ですが。。。(^^;)

2016/05/03

潮岬灯台

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南紀旅行の続き。

潮岬灯台とそこからの眺めです。水平線の向こうは地図を見るとパプアニューギニア。(笑)
午後になると少し雲が広がって、海があまり綺麗な色に見えなかったのが残念です。

潮岬灯台(しおのみさきとうだい)は、紀伊半島南端の和歌山県東牟婁郡串本町にある太平洋に突き出た潮岬に建つ白亜の灯台である。

この灯台は明治初期の江戸条約によって建設された8基の洋式灯台(条約灯台)の一つで、歴史的・文化的価値が高いAランクの保存灯台に指定されているほか、「日本の灯台50選」にも選ばれている。

参観灯台として資料展示室を併設し常時公開されており、本州最南端に位置する灯台から望む太平洋の風景は地球の丸みを感じることができる壮大なものである。

Wikipediaに書かれているように、地球が丸く見えます。沖合を大型の船が行き合うわけで、重要な灯台ですね。

2016/04/28

吉野熊野国立公園「橋杭岩」

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昨年秋にも、橋杭岩に行っていて、自然が作り出した不思議な光景 「橋杭岩」と、このブログでアップしています。これで三回目でしょうか。

前回は、辛うじて少し潮が差しているときで、海面の色が違うのがわかるのですが、今回は、しっかり、岩が出てしまってます。まあ、これはこれで、観光客には珍しいのですけどね。

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橋杭岩の成り立ちについて、説明書きがありました。


Hasikui

こんな海岸のすぐのところで火山活動があって、この不思議な造形が出来上がったなんて、すごい不思議ですね。

宝永地震との関係

橋杭岩に転がっている岩の中には、岩のそそり立つところからかなり遠くにまで転がっているものもある。これらの岩は宝永地震で起こった大きな津波によってそこまで転がったのではないかという調査結果が出ている。

その証左として、元々湿ったところを好む植物・生物が死滅し、化石になったものが表面上に残っており、それらを調査したところ、宝永地震の起こった1700年代であることが明らかになっている。

また、橋杭岩に散らばっている岩が動くのには秒速4メートル以上の速い流れ(流速)が必要とされ、これもこの地域で頻繁に襲来する台風から起こる波や同じく震源域に近い東南海が震源の単独地震を想定して計算された流速ではなく、東海・東南海・南海地震の連動型であった宝永地震を想定して計算された流速と一致している。

Jisinnいま近いうちに起こると言われている東南海トラフを震源とする地震がこの宝永地震と同じ震源域。


2016/04/26

熊野古道と熊野那智大社

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大きな地震が起きたので、そちらの話題が続いてしまいました。ここで一息、また、熊野の素晴らしい自然と歴史ある建造物の融合をご覧ください。

前にも、取り上げたことがありますが、一枚目は、熊野古道の中でも、代表的な大門坂の入り口。杉林のなかを登ります。

外国人、特にアメリカかヨーロッパか、西洋人の方が多かったのに驚きました。彼らは、団体ではないし、マナーもいいです。日本の歴史を感じとっていただけると嬉しいと思いました。

千年以上も昔に、古都京都から、この神秘的な幽山深谷まで、熊野詣でが行われたわけですからね。

よく、三重の搭と那智の滝がうまく調和して写されている画像を目にしますが、そのビューポイントは、どこにあるのかわかりませんでした。一般の観光客は、立ち入り禁止のところもあったので、ちょっと、残念でした。