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ニュース

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2017/03/28

国立西洋美術館 常設展から

先日、鑑賞に行ってきた国立西洋美術館
。常設展の中で、気に入ったものを写真に撮ってきました。

まずは、18世紀までの印象派が起こる前までの作品。

古典派は、あんまり好きでなく、特に宗教画は不気味なものもあって、いつも飛ばすのですが、ここにあげたのは、わりと、すんなりと見入ることができました。

最後の晩餐はまさに宗教画ですが、興味深かったので、写してきました。ユダがどれか分かりますか?

リンク先をクリックしてもらうと作品解説に飛べますので、よくわかります。キリストの周面に座りながら、視線をそらしている人物。

常設展の作品のいくつかは、詳細な解説が読めますので、勉強になります。しかし、都会に住んでいると、毎日でも、これらの作品を鑑賞できてうらやましいですね。


玉座の聖母子http://collection.nmwa.go.jp/artizeweb/search_7_detail.php


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聖母子と幼い洗礼者聖ヨハネhttp://collection.nmwa.go.jp/artizeweb/search_7_detail.php


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アブラハムとイサクのいる森林風景http://collection.nmwa.go.jp/P.2002-0001.html


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「パリスの審判」が表された山岳風景http://collection.nmwa.go.jp/artizeweb/search_7_detail.php


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最後の晩餐http://collection.nmwa.go.jp/P.1992-0004.html


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果物籠のある静物http://collection.nmwa.go.jp/artizeweb/search_7_detail.php


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2017/03/25

世界遺産  国立西洋美術館  

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2016年7月17日、国立西洋美術館が世界遺産に登録されました。20世紀の近代建築がなぜ?と思ったのですが。。

「フランス政府が日本を含む7か国と共同で推薦していた「ル・コルビュジエの建築作品」のひとつ」と言うことだったのですね。

http://heiwa-ga-ichiban.jp/sekai/kokuritsu/index.html

世界遺産に登録されたことで、訪問者が多いと聞いていましたが、私が行ったときはそれほどでもなかったです。暖かかったので、上野の動物園の方が人が多かったみたい。(笑)

この西洋美術館の前庭に、ロダンの彫刻が、野ざらしで展示していあります。私は、初めて見たとき、てっきり、レプリカだと思ったのですが、驚いたことに本物なのです。

2017/03/18

新幹線から

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久しぶりの新幹線。車窓から見事な富士山が見えました。

私は、やっぱり、この角度の富士山が一番好き。(*^^)v

2017/02/27

富士山

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スマホから、撮ってアップしたもの。

東名高速を名古屋方面に向かって走っる途中、首都圏の喧噪も少し収まった大井松田付近で、正面に見えてくるのがこの美しい富士山。今が一番きれいですね。


下の画像は、新東名を東京方面に向かって走っているところ。ここも、新東名では、富士山が一番きれいに見える場所ですね。

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2017/01/09

古都奈良の旅   国営飛鳥歴史公園

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古都奈良の旅、三日目のランチは、この地図の「あすか野」というところを考えていました。石舞台のすぐのところです。岡寺からカーナビでここを目的地にしたのですが、なぜか、見つかりません。(^^;)

HPをみるとリニューアルオープンとなっているので、たぶん、カーナビの地図には、違う場所が表示されたのかもしれません。ぐるぐる回って、ワン。ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

いつの間にか、高松塚古墳のところに来たので、まずは、そちらを見学しました。

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国営の公園になっていて、高松塚古墳壁画館のあたりまで、駐車場から10分ぐらい歩きます。
https://www.asuka-park.go.jp/tumulus/

7世紀末から8世紀初頭にかけて築造された終末期古墳で、直径23m(下段)及び18m(上段)、高さ5mの二段式の円墳です。 当初は、盗掘を逃れて残っていた銅鏡などから7世紀末から8世紀初めの終末期のものと推定されていましたが、2005年の発掘調査によって、藤原京期(694年~710年)の間と確定されました。 被葬者は特定されておりません。

この明日香村は、あちこちに歴史的遺産が広がって、見どころ満載。でも、道路が狭いのです。当然、開発が極力制限されているのでしょうね。

古墳とビニールハウスが点在。夫は、ビニールハウスを古墳と間違えていました。(苦笑)

ここは気候の良いときに、レンタサイクルを借りて、回るのが最適かと思われます。いつも、車ばかりを頼りにしている私は、反省しました。

これで、奈良の二泊三日の旅は終わり。

今回は、かなり駆け足で、あちこちを回りました。充実した旅でしたが、もう少し深く、見て回りたかったと反省しています。正直、こんなに古い歴史に触れることができるとは思ってもいず、感動することばかりでした。

桜の咲くころは、吉野山を中心に奈良は大賑わいですが、もう一度、訪れたいと思っています。

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2017/01/08

古都奈良の旅   岡寺さんの鐘楼と五重塔

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正確な建立年代は不明ですが、梵鐘には文化5年(1808)と刻まれており、建築様式などから本堂と同時期に再建されたものと思われます。

立派な鐘楼でした。そして、自由に突いてよいとのことでしたので、つかせていただきました。だめなところもあるのですよね。突く時間が決まっていて、勝手な時間に鳴らすと、人心を惑わすことになります。(^^;)

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三重塔も見事でした。文明4年(1472)7月21日の大風により倒壊してしまって、ながらく、復興されなかったのですが、
昭和61年に実に514年ぶりに再建されたそうです。

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岡寺から、みた、明日香村の風景。


2017/01/07

古都奈良の旅 西国第7番 岡寺 『東光山 真珠院 龍蓋寺』

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時代は少し新しくなりまして、と言っても、史料上の初見は天平の時代。

『東大寺要録』「義淵伝」、『扶桑略記』等によれば、天武天皇の皇子で27歳で早世した草壁皇子の住んだ岡宮の跡に義淵僧正が創建したとされる。この時、同時に龍門寺なども建立された。史料上の初見は、天平12年(740年)7月の写経所啓(正倉院文書)である。

http://www.okadera3307.com/index.html
岡寺のHPには、草創1300年となっています。現在は、長谷寺の末寺だそうです。

ここは、紅葉とシャクナゲが有名で、紅葉が、やはり少し遅かったのですが、綺麗でした。

日本初の厄除け霊場となっています。

岡寺さん、厄除け観音。

あれ?どこかで聞いたような。そう、私の生まれ故郷の松阪市に厄除け観音で有名な岡寺さんがあるのです。
てっきり、何か縁があるのかと思いましたが、全く、関係はないみたい。(^^;)

http://www.okadera.com/
岡寺山継松寺

どちらも、日本最初の厄除け霊場。草創期も同じような時期になってます。

2017/01/06

古都奈良の旅 飛鳥路 石舞台

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談山神社から、県道155号線をまっすぐ西に走ると、古墳時代後期から飛鳥時代の史跡が満載の明日香村に入ります。

まずは、石舞台古墳。

石舞台古墳(いしぶたいこふん)は、奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。国の特別史跡に指定されている。 元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出している。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。

写真を見てもらうとわかるように、まさに石舞台です。「古墳って、土で覆われているものじゃないのかな。」と思ってましたが、土が失われて、石室が露出したのですね。それで、かえって、この全景がこうしてみることができます。

ずーと以前に、この石舞台を訪れた知人が、「石舞台って、大きな石がごろんと転がっているだけよ。」なんて言っていました。それもあって、なかなかここ訪れる機会がなく。。。(^^;)

今思うと、なんと、無知な。。。(*´Д`)

日本の古代の歴史に興味ある方なら、一度は訪れる価値のあるところです。京都とは違った、素朴な奈良の魅力がいっぱい詰まっている場所です。

ここの被葬者は、蘇我馬子が有力視されています。

被葬者は蘇我馬子であったとする説が有力である。『日本書紀』の推古天皇34年(626年)5五月の条に「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る」とあり、大臣は、蘇我馬子を指している。封土が剥がされ、墓が暴かれたのは、蘇我氏に対する懲罰ではなかったかとする説もある。

ただし、異説があり、奈良大学の水野正好は、石の種類、築造年代などから蘇我稲目説を唱えている。
また、三重中京大学名誉教授の上野利三は石室の壁に「馬子墓」の文字が刻まれており、肉眼でも確認可能との説を主張している。

この飛鳥の里で、額田王が恋をして、あの有名な句。

「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き  野守は見ずや 君が袖振る」
を読んだのでしょうか。

もっとも、これは近江の里蒲生野での狩猟の時とか、書いてあるので、この明日香村ではないのかもしれないですけど。それでも、私の心は、古代人の姿をこの広い野山に追ってます。(笑)

http://www.k4.dion.ne.jp/~skipio/21essay2/Jitou&Nukata-ookimi.htm

額田王と鵜野讚良
古代に咲いた二人の女性

個人の方のHPに興味深いお話が載ってました。


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Img_7889石棺の復元です。日本の古代にこんな綺麗な石棺が作られていたのです。

2017/01/04

古都奈良の旅 「談山神社」の縁起

談山神社の御祭神は藤原鎌足公です。

御祭神 藤原鎌足公 舒明・皇極二代の天皇の世、蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力は極まって、国の政治をほしいままにしていました。 この時、中臣鎌子(後の藤原鎌足公)は強い志を抱いて、国家の正しいあり方を考えていました。

たまたま飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会(けまりえ)があったとき、
聡明な皇太子として知られていた中大兄皇子(後の天智天皇)にまみえることができ、
西暦645年の5月、二人は多武峰(とうのみね)の山中に登って、「大化改新」の談合を行いました。
後にこの山を「談い山」「談所ヶ森」と呼び、談山神社の社号の起こりとなりました。

ここに鎌足公は真の日本国を発想し、日本国が世界に誇る国家となるため、一生涯を国政に尽くしました。
天智天皇8年(669)10月、鎌足公の病が重いことを知った天智天皇は、みずから病床を見舞い、
大織冠(たいしょくかん)を授けて内大臣に任じ、藤原の姓を賜りました。
藤原の姓はここに始まります。

鎌足公の没後、長男の定慧和尚は、留学中の唐より帰国、父の由縁深い多武峰に墓を移し、十三重塔を建立しました。
大宝元年(701)には神殿が創建され、御神像をお祭りして今日に至ります。


すごい!!

神話に近い時代のお話に触れて、背中がぞくぞくして緊張しました。(笑)

「大化の改新」談合がここの山で行われたのです。


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平成17年の新聞記事が見つかりました。今から10年以上前、明日香村で、蘇我入鹿の邸宅の一部ではないかと言われる建物跡が見つかっています。

この談山神社の「多武峰縁起絵巻」には、その栄華をふるった蘇我入鹿を打つために中大兄皇子と藤原鎌足の談合の場、そして、蘇我入鹿を打ち取る場面が描かれています。

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拝殿の中は見学でき、写真も撮ることができます。
あまり綺麗に撮れなかったので、ネットに公開されている画像をご覧ください。

多武峰縁起絵巻の画像

https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%9A%E6%AD%A6%E5%B3%B0%E7%B8%81%E8%B5%B7%E7%B5%B5%E5%B7%BB&espv=2&biw=1920&bih=950&tbm=isch&imgil=nsanULTDKrWm4M%253A%253B68t2INhZSkIO8M%253Bhttp%25253A%25252F%25252Fwww.tanzan.or.jp%25252Fbunkazai.html&source=iu&pf=m&fir=nsanULTDKrWm4M%253A%252C68t2INhZSkIO8M%252C_&usg=__785Teq-_Gq13rjL96b3foi-UrgM%3D&ved=0ahUKEwjMlay96KXRAhVGoZQKHVF8CZgQyjcILA&ei=hoNrWMy6HsbC0gTR-KXACQ#tbm=isch&q=%E5%A4%9A%E6%AD%A6%E5%B3%B0%E7%B8%81%E8%B5%B7%E7%B5%B5%E5%B7%BB

神社に展示してある多武峰縁起絵巻は、江戸初期に住吉派の祖、住吉如慶、具慶の親子に寄る写本です。室町時代初期の制作による根本縁起は、奈良国立博物館に寄託されています。


多武峰縁起絵巻以外にも安土桃山時代/狩野重信筆の三十六歌仙扁額も見ることができます。
http://www.tanzan.or.jp/bunkazai.html

2017/01/03

古都奈良の旅 「談山神社」

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古の奈良の都を訪ねての旅、三日目は、まず、桜井市多武峰にある談山神社です。
http://www.tanzan.or.jp/

ここは、桜と紅葉の名所で、カエデは約3000本もあり、桜も樹齢600年の淡墨桜が有名。
私たちが訪れた時は、ここも、ちょっと、紅葉には間に合わなかったようです。(*´Д`)

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入り口に案内図がありましたが、HPにもっと詳しい絵図がありました。

http://www.tanzan.or.jp/image/map1_0.jpg


談山神社バス停の駐車場から回るほうが、十三重塔を中心に神社の全体の絶海が眺められるので、そちらがお勧めです。この地図を印刷していけばよかったんですけど。。。

談山神社のシンボル十三重の搭。
享禄5年(1532年)再建で、国の重要文化財建造物
現存する唯一の木造十三重塔です。

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「日本建築史研究所 松谷 洋 氏」のサイトにもっと詳しく載っています。これをみると、もうすこし、じっくり、見てくればよかったと、少し後悔。(^^;)

http://www010.upp.so-net.ne.jp/teiryu/Nr22.html


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