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2017/01/17

阪神淡路大震災から、22年

今日は、阪神淡路大震災から、22年です。

22年前の5時46分52秒、強烈な直下型地震が起こりました。マグニチュード7.3。震度7。

我が家は、当時平屋の木造在来工法。南向きに窓が解放されて、壁がほとんどない。( 一一)
震度4でしたが、不気味な横揺れが長く続いて、気味悪かったです。あれ以上長かったり、もう少し震度が大きかったら、半壊していた可能性あり。

すぐにテレビを付けても、神戸の震度だけが出ません。様子がさっぱりわからなくて、そのまま、仕事に出かけたのを記憶しています。

あれから、東日本大震災、そして、昨年の熊本地震と起こりましたが、私の記憶では、阪神淡路大震災のあの火災が広がっている光景が忘れられません。

以前にも、村山富市が総理でなければ救える命もあった! 阪神淡路大震災の悲劇から私たちが教訓にすべきこと、この記事は、ブログで取り上げましたが、忘れてはならないこと、私たち国民が肝に銘じなければいけないことなので、毎年この時期に取り上げたいと思います。

今でこそ、大規模災害の時は、地方自治体の長も積極的に自衛隊に災害派遣を要請しています。
そうすることで、多くの人命と国民の財産が守られるといことが、国民全体の意思となったからです。

しかし、この当時は、左翼の地方自治体は自衛隊を毛嫌いして、災害派遣要請に二の足を踏んでいたのです。

阪神淡路大震災時の自衛隊の災害派遣について知ることのできるページhttp://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/5761/hannkatu0.html

こちらにも、「物議をかもした災害派遣要請」として、当時の村山総理、貝原兵庫県知事のイデオロギーに寄る災害派遣要請の遅れについて議論があったことが指摘されています。

そして、問題は、社民党から、民進党に移った阿部知子がHPで、こんなことを書いていました。震災から12年と書いているので、10年前の記事ですね。それにしても、酷い出鱈目を書いているものです。


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 安倍晋三政権になってから「国を愛する」・国防の強化などの言葉が氾濫し、あたかも外敵から国民を守るために国家の力=軍隊が必要であるかのように宣伝されるが、実は「軍隊は国民を守らない」という事実は戦争を通して如実に示されてきた。軍隊はもちろんのこと警察も、戦闘のためあるいは犯罪に対しての対処を第一とするため、国民保護は二の次、三の次となる。
 阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、知事の要請を受けて本格救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、警察予備隊として出発し、防災のために働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。
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社民党が阪神淡路大震災の自衛隊救援遅れを批判?!http://nonbe.way-nifty.com/blog/2007/01/post_d660.html

家族が一番さんのHPを参考にさせていただきました。

「知事の要請を受けて本格救援に向ったのは、数日を経て後のことであった」

ええええ・・・知事が要請しないから、兵庫県の防災担当課長さんが自衛隊に派遣要請したのでしょうが!!

私はこの頃は、まだ、結構お花畑でしたので、何も知らなかったのですが、いろんなHPで糾弾されていたようです。


阿部知子の暴言止まらず…震災当日に社会党でも激震http://dogma.at.webry.info/200701/article_22.html

東アジア黙示録さんさんのブログ

社民党阿部知子議員の頭はどうかしているhttp://obiekt.seesaa.net/article/31798228.html

週刊オブイェクトさんのブログ


以下、なでしこりんさんのブログより転載

2015年1月17日のなでしこりんさんのブログ記事です。その後、なでしこりんさんのブログは強制退会となってしまいました。まさに言論弾圧です。
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村山富市が総理でなければ救える命もあった! 阪神淡路大震災の悲劇から私たちが教訓にすべきこと
反日左翼がトップだと災害時の危機対応が遅れることを肝に銘じて!
大災害発生時は、国家規模での救助活動をすぐに発動すべきです!

 なでしこりんです。今日、2015年1月17日で「阪神淡路大震災」が発生して20年になります。今年、成人式を迎えた方たちの記憶には、この大惨事はないと思いますが、当時の日本の政治がどうなっていたかをこの機会に知っておいてほしいです。政治によって「救える命と救えない命」があることを。

Img_3_2

阪神・淡路大震災 は、平成7年(1995年)1月17日(火)午前5時46分に発生しました。当時の内閣総理大臣は、社会党の村山富市です。「なんで社会党?」と思われるかもしれませんが、この時代は日本の政治の混乱期の一つであり、不幸にも平成6年(1994)6月30日~平成7年(1995)8月8日までは、社会党の村山富市が総理大臣、自民党の河野洋平が副総理兼外務大臣をやっていたんです。

Img_0

この時代、小沢一郎により自民党が分裂させられ、「非自民党非共産」の新生党や日本新党などが作られ、そこに共産党を除く既成政党が野合したんです。具体的には、日本社会党 、新生党 、公明党 、日本新党、 民社党 、新党さきがけ、自由党、 改革の会 、社会民主連合 、民主改革連合、新党みらいなんですが、まさに「烏合の衆」ですよね。こういう連中が担いだのが「細川内閣」であり「羽田内閣」だったのですが、案の定、細川護煕は「佐川急便一億円借り入れ事件」で辞職。羽田孜が総理大臣になるも、今度は社会党が離脱して羽田は2ヶ月で退陣してしまうんです。そこでできたのが「自民、社会、さきがけ」の「自社さ政権」。

そんな村山内閣の時代に「阪神淡路大震災」が発生します。当時の兵庫県知事は貝原俊民。貝原は去年、交通事故で死にましたね。一般的に言われているのが、「兵庫県知事の自衛隊への災害救助要請が遅く、迅速に災害派遣要請をしていれば死亡者はもっと少なく済んだ」という指摘もあります。なお、10時10分の陸上自衛隊への派遣要請は実際には、事態の深刻さを正確に判断した兵庫県の防災担当、野口課長補佐でした。野口課長補佐はその後、神戸の兵庫県庁から淡路島の県民局企画調整部に転出しましたが、これは野口課長補佐の独断をとがめた県による左遷という指摘もあります。

  10:10 ・兵庫県防災担当、野口課長補佐による陸上自衛隊への派遣要請
  19:50 ・兵庫県知事、海上自衛隊に災害派遣要請
  21:00 ・兵庫県知事、航空自衛隊に災害派遣要請

 そして村山富市の、「阪神淡路大震災」時の動きですが、これが「信じられない世界」で・・・。

06:00 ・CNNワールドニュース、トップニュースで「マグニチュード7・2。神戸で大地震」と報道。
        ・村山起床。テレビで震災を知る。
  08:00 ・官邸、防衛庁に、派遣要請がきているか確認するも、要請無し。
  08:26 ・総理、官邸執務室へ(予定より1時間早い)。テレビで情報収集。
  09:18 ・村山、廊下で記者に「やあ、大変だなあ」、
         視察はしないのかとの質問に「もう少し状況を見てから」とコメント。
  10:00 ・村山、月例経済報告終了後廊下で、記者の
         「北海道や東北と違い今回は大都市での災害だが、対策は?」との
         質問に「そう?」とコメント。
  10:04 ・定例閣議。閣僚外遊報告。非常対策本部設置決定。
         玉沢徳一防衛庁長官には「沖縄基地縮小問題で(上京してきている)
         大田昌秀知事としっかり協議するように」と指示。
         震災についての指示なし。
  10:15 ・中部方面総監部、自衛隊災害派遣出動命令(2300人)
  11:00 ・村山、廊下で会見。記者の「総理が現地視察する予定は?」
         との質問に、「状況見て、必要があればね」。
         「総理は行く用意はありますか?」、「そうそう、状況を見て、必要があればね」。
        ・村山総理、「二十一世紀地球環境懇話会」出席。
         「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」と発言。
  12:00 ・新党さきがけ高見裕一、現地から官邸に電話。
         自衛隊増員要請するも、村山「高見は大げさだ」
         政府与党連絡会議中、五十嵐官房長官が村山に「死者203人」と報告。
         村山「え!?」と驚愕。 以上http://poo-mono.jugem.jp/?eid=294 より引用

  その後、初動対応を批判された村山は、

        「なにぶん初めてのことでございますし 、早朝のことでも
      ございますから・・・、政府の対応は最善だった」


      と弁明するも、その後全面撤回する羽目に。

「阪神淡路大震災」での死者は6,434名で行方不明者3名なんですが、もし、もっと早い時点での災害対応ができていたら 焼死者や圧死者を減らすことができたのは自明の理ですよね。人々が苦しんでいる最中にこのボンクラ社会主義者は「二十一世紀地球環境懇話会」で 「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」とやっていたんです。まあ、人命などそっちのけの社会主義者ゆえの「鈍感さ」なんでしょうね。 こんなボンクラどもが出したのが「村山談話」であり「河野談話」。


Nadesiko


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