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2016/12/15

古都奈良の旅 西ノ京「薬師寺」

1.薬師寺 南門の前

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2.南門から西塔を望む
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3.金堂のまえで、西塔の美しさに感動しているところ 
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4.西塔
Yakusiji

5.大講堂
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6.金堂
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7.大講堂と回廊
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8.回廊
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9.鐘楼
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古都奈良旅行、一日目、お昼を食べて、薬師寺を訪れました。ちょうど、修学旅行生の方たちと出会いました。

何年も前から、修学旅行先に韓国を選んでいる学校があり、そこで屈辱的な目にあわされている高校生の画像がネットに投稿され、物議をかもしています。なにも、選りにもよって韓国など選ばなくても、日本には素晴らしい歴史と文化があるのですから、それに触れることこそ、日本の将来を担う若い人達の勉強になると思います。

さて、薬師寺は、東塔(国宝・白鳳時代)を除く、ほとんどが幾多の災害で灰燼に帰しました。
Imgp6772

今残っている東塔は、解体修理中。(^^;)

昭和42年、高田好胤管主により薬師寺白鳳伽藍の復興が発願され、お写経勧進により、金堂、西塔、中門、回廊、さらに平成15年3月に大講堂が復興され、白鳳伽藍の今が蘇ったのです。

高田好胤管主といえば、私の若い頃、よくテレビに出演していらっしゃる姿をよく見たことがあります。https://ja.wikipedia.org/wiki/

高田 好胤(たかだ こういん、1924年(大正13年)3月30日 - 1998年(平成10年)6月22日)は、法相宗の僧。薬師寺元管主。法相宗管長。分かりやすい法話により「話の面白いお坊さん」、「究極の語りのエンタテイナー」とも呼ばれ、そこから百万巻写経勧進の道を切り開いて金堂、西塔など薬師寺の伽藍の復興に道筋をつけるなど、薬師寺の再生に生涯をささげた。
苦労をされた方ですが、これだけのアイデアとそして多くの信心ある方がたの力、写経勧進によって、これだけのりっぱな薬師寺が蘇ったのです。

そのまま、放置され、荒れ果てたまま、東塔だけが残っていたとしたら、薬師三尊さまたちもお嘆きだったでしょう。

話は、飛びますが、今、河村名古屋市長が、名古屋城を木造復元に懸命になっています。私は当初、そこまでして、税金の無駄遣いをしなくてもと思っていましたが、こうした歴史的建築物が蘇っている姿を見ると、いま、木造で復元することが、今から1000年後には、きっと、素晴らしい歴史的な建築物として、評価されると思うようになりました。

名古屋城は、唯一、昔のお城の図面が残っているそうです。

県外に住むものは何も意見は言えないのが残念ですが。。。(^^;)

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