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2016/09/11

松阪銘菓「老伴」

Img_20160905_204607931


http://www15.plala.or.jp/yh99/okasitachi.htm
柳屋奉善は松阪市の老舗菓子店です。この老伴は歴史あるお菓子。

柳屋奉善の歴史

安土桃山時代の天正3年(1575年)に近江国の豪族蒲生氏の御用菓子司として近江国日野(現在の滋賀県蒲生郡日野町)で創業[2]。天正12年(1584年)に蒲生氏郷が豊臣秀吉の命により伊勢国松ヶ島城へ移される。その後松坂城を築城し城下町を形成する。


老伴

柳屋奉善家の家宝であった中国前漢時代の瓦を基にして造られた硯石の模様(飛鴻延年)の部分を切り取って裏返したデザインである。最中の皮の表面の真中にコウノトリを表す模様と、その両側には「延」と「年」を象った文字が刻まれている。延年とは不老長寿の意味である。

最中の皮を受け皿として、中に羊羹状のものを流し込み、表面を糖蜜で固めている。当初は「古瓦」という名称であっがが、松阪の豪商の三井高敏が、ある茶席で白楽天の詩集の中にある「老伴無如鶴(鶴のように千年も生きることはできない、だからこそ老いの後も、ともに仲良く過しましょう…)」という言葉を引用したのにちなみ、菓子名を「老伴」と改めたと言われている。

明治時代以降、皇室の伊勢神宮参宮時の土産菓子として何度か購入されている。

好き嫌いあるようですが、私は子供の頃から大好き。

最中の皮の中に、羊羹が流し入れてあります。羊羹は、私は、端っこの少し砂糖が固まったところが好きなのですが、それがちょうど皮いっぱいに入っているという感じです。

母が、入院してから、ちょうどひと月。緩和ケアのHPを見てみると、入院した方の半数がその期間は二週間ようです。それを思うと、母は、結構元気です。ただ、ベットに寝たっきりと言うのも、悲しいものはありますが。。。

三日置き位に、松阪市まで通うことになったわけですが、おかげで、この懐かしいお菓子を買い求める機会がありました。

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