2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

2020年オリンピック

  • Cn5y5kjueae1iph

ブルーリボン

  • http://www.nippon-blueribbon.org/
    Flagpin120x60

ニュース

無料ブログはココログ

« 江ノ島からの眺望 | トップページ | なばなの里 「しだれ梅」 »

2016/02/26

鎌倉 「長谷寺」

Img_6687


江の島を後にして、今度は江ノ電に乗って、長谷寺に参りました。

http://www.hasedera.jp/

長谷寺というと、近畿地方に住む私には、奈良の長谷寺が身近ですが、この鎌倉の長谷寺は、その奈良の長谷寺と縁が深いのです。


本尊である十一面観音像は、錫杖を右手に携え、岩座に立つ独特の像容で、大和長谷寺の本尊をはじめ、全国に所在する長谷寺に祀られる観音像に多く見られることから、これらを総称して「長谷寺式十一面観音像」と呼びます。

本尊である十一面観世音菩薩像について、当山の伝える縁起によれば、養老五年(721)、大和長谷寺の開山である徳道上人の本願に基づき、稽文會、稽首勲と名乗る二人の仏師(不空羅索観音と地蔵菩薩の応化身)により、楠の巨大な霊木から二体の観音像が三日三晩にして造顕されたといいます。

そのうちの一体が大和長谷寺の本尊のなり、残る一体は有縁の地における衆生済度の誓願が込められ、開眼供養をした行基菩薩によって海中に奉じられました。

その後、天平八年(736)に至り、尊像は相模国の長井浦(横須賀市長井)の洋上に忽然と顕れ、その旨を受けた大和長谷寺の開基藤原房前(藤原鎌足の孫)によって、尊像は鎌倉へ遷座され、当山開創の礎となりました。

                                    鎌倉長谷寺のリーフレットより

                                                  

大和の長谷寺には、この観音像のことについては何も書いてないのですが。。。

Img_6686

「弁天窟」
洞窟探検さながら、背をかがませて、巡ります。

下の境内の放生池を過ぎた辺りに、弘法大師参籠の地と伝わる弁天窟があり、その名にちなみ窟内壁面には弁財天とその眷属である十六童子が彫られているほか、弁財天と同じ神様であるとされる民間信仰の宇賀神(人頭蛇身)もお祀りされています。

これは、いつの時代、誰が彫ったのか。この洞窟はどのようにしてできたのか。信仰より、その成り立ちに興味がそそられます。ネット検索では、今のところ、その疑問には答えは出ません。

Photo


フクジュソウが咲いていました。かわいらしい花ですね。ここ長谷寺は、明月院と並んで紫陽花で有名。シーズンには、大勢の人が押し寄せて、階段もいっぱいになるそうです。

« 江ノ島からの眺望 | トップページ | なばなの里 「しだれ梅」 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 江ノ島からの眺望 | トップページ | なばなの里 「しだれ梅」 »