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2016/01/18

阪神淡路大震災21年目の悔恨!もし村山富市が総理大臣でなかったら死なずに済んだ命もあったのに

人命軽視の甚だしさでは、比べられない大きな事件ともいうべきものが、あの阪神淡路大震災での、村山元総理、そして、当時兵庫県知事であった貝原俊民氏の自衛隊嫌いの対応です。

平成7年1月17日の早朝、午前5時46分に発生した地震。いまでも、あの不気味な横揺れは、忘れられません。
そして、息子が大阪の大学に合格して、入学手続きや下宿探しに出かけたとき、モノレールの窓から見た、青いシートの家々、そして、駅に降りたとき、エスカレーターの手すりは半分壊れていながらも動いていたその様子。

いまでも、はっきり、目に浮かびます。


なでしこりんさんのブログから、転載です。

昨年の8月、なでしこりんさんが、突然、アメーバブログから強制退会させられ、この記事も消されてしまいました。 今日、なでしこりんさんが新しいブログに掲載していらしたので、リンクを貼り、一部転載させていただきます。

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http://nadesikorin0719.blogspot.jp/
阪神淡路大震災21年目の悔恨!もし村山富市が総理大臣でなかったら死なずに済んだ命もあったのに


反自衛隊を掲げる左翼が首長だと自衛隊の出動が遅れる! 
  村山富市と河野洋平には犠牲者たちの怨嗟の声が聞こえないの?

 なでしこりんです。今日、1月17日で「阪神淡路大震災」が発生して21年目になります。今年、成人式を迎えた方たちの記憶には、この大惨事はないと思いますが、当時の日本の政治がどうなっていたかをこの機会に知っておいてほしいです。 政治家の姿勢によって「救える命と救えない命」があることをぜひ知っておいてください。

2_2


阪神・淡路大震災 は、平成7年(1995年)1月17日(火)午前5時46分に発生しました。当時の内閣総理大臣は、社会党の村山富市です。「なんで社会党?」と思われるかもしれませんが、この時代は日本の政治の混乱期の一つであり、不幸にも平成6年(1994)6月30日~平成7年(1995)8月8日までは、社会党の村山富市が総理大臣、自民党の河野洋平が副総理兼外務大臣をやっていたんです。


 この時代、小沢一郎により自民党が分裂させられ、「非自民党非共産」の新生党や日本新党などが作られ、そこに共産党を除く既成政党が野合したんです。具体的には、日本社会党 、新生党 、公明党 、日本新党、 民社党 、新党さきがけ、自由党、 改革の会 、社会民主連合 、民主改革連合、新党みらいなんですが、まさに「烏合の衆」ですよね。こういう連中が担いだのが「細川内閣」であり「羽田内閣」だったのですが、案の定、細川護煕は「佐川急便一億円借り入れ事件」で辞職。羽田孜が総理大臣になるも、今度は社会党が離脱して羽田は2ヶ月で退陣してしまうんです。そこでできたのが「自民、社会、さきがけ」の「自社さ政権」でした。 


 
 村山内閣 の時代に「阪神淡路大震災」が発生します。当時の兵庫県知事は貝原俊民。貝原はおととし、交通事故で死にました。一般的に言われているのが、「兵庫県知事の自衛隊への災害救助要請が遅かった」こと。兵庫県知事がもっと迅速に災害派遣要請をしていれば死亡者はもっと少なく済んだという指摘はあります

なお、10時10分の陸上自衛隊への派遣要請をおこなったのは知事ではなく、事態の深刻さを正確に判断した兵庫県の防災担当、野口課長補佐でした。野口課長補佐はその後、神戸の兵庫県庁から淡路島の県民局企画調整部に転出しましたが、これは野口課長補佐の独断をとがめた県による左遷という指摘もあります。派遣要請の時系列です。

1_2

  10:10 ・兵庫県防災担当、野口課長補佐による陸上自衛隊への派遣要請

  19:50 ・兵庫県知事、海上自衛隊に災害派遣要請

  21:00 ・兵庫県知事、航空自衛隊に災害派遣要請

 一方、内閣総理大臣であった村山富市の、「阪神淡路大震災」時の動きですが・・・

  06:00 ・CNNワールドニュース、トップニュースで「マグニチュード7・2。神戸で大地震」と報道。
        ・村山起床。テレビで震災を知る。

  08:00 ・官邸、防衛庁に、派遣要請がきているか確認するも、要請無し。

  08:26 ・総理、官邸執務室へ(予定より1時間早い)。テレビで情報収集。

  09:18 ・村山、廊下で記者に「やあ、大変だなあ」、
         視察はしないのかとの質問に「もう少し状況を見てから」とコメント。

  10:00 ・村山、月例経済報告終了後廊下で、記者の
         「北海道や東北と違い今回は大都市での災害だが、対策は?」との
         質問に「そう?」とコメント。

  10:04 ・定例閣議。閣僚外遊報告。非常対策本部設置決定。
         玉沢徳一防衛庁長官には「沖縄基地縮小問題で(上京してきている)
         大田昌秀知事としっかり協議するように」と指示。
         震災についての指示なし。

  10:15 ・中部方面総監部、自衛隊災害派遣出動命令(2300人)

  11:00 ・村山、廊下で会見。記者の「総理が現地視察する予定は?」
         との質問に、「状況見て、必要があればね」。
         「総理は行く用意はありますか?」、「そうそう、状況を見て、必要があればね」。
        ・村山総理、「二十一世紀地球環境懇話会」出席。
         「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」と発言。

  12:00 ・新党さきがけ高見裕一、現地から官邸に電話。
         自衛隊増員要請するも、村山「高見は大げさだ」         政府与党連絡会議中、五十嵐官房長官が村山に「死者203人」と報告。
         村山「え!?」と驚愕。 以上http://poo-mono.jugem.jp/?eid=294 より引用

         その後、国会において初動対応を批判された村山は、

        「なにぶん初めてのことでございますし 、早朝のことでも
          ございますから・・・、政府の対応は最善だった」

         
           と弁明するも、その後全面撤回する羽目に。

 「阪神淡路大震災」 での死者 :は6,434名、行方不明者 :が3名、負傷者 は43,792名なんですが、もし、もっと早い時点で政府が自衛隊に出動を命じていれば、少なくとも焼死者や圧死者を減らすことができたと思います。

人々が苦しんでいる最中にこの社会主義者は「二十一世紀地球環境懇話会」で 「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」とやっていたんです。「個人の生命」に無頓着な社会主義者ゆえの「鈍感さ」なんでしょうか? ちなみに村山のニックネームは「とんちゃん」。 こんな無頓着が出したのが「村山談話」だったんです。 


 「村山談話」 と「河野談話」というものが、いかに日本国民の総意とはかけ離れたものであるかは歴然です。しかも、村山富市と河野洋平は今も災害対応の遅れの責任を取らずにのうのうと生き続けている。世の中はほんと不公平だと思います。私は「1月17日」の日が来るたびに、「もし村山富市が総理大臣でなかったら死なずに済んだ命もあったのに」といつも思います。亡くなられた方たちのご冥福を祈ります。 By なでしこりん

Posted by なでしこりん at 8:37 PM No comments:

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